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先生と子供たちの祈りブログup


(2011.03.18 「祈りの鶴」の続編です)

先日記した折り鶴にメッセージを込めて被災地へ送り、少しでも心の励みになれないかという活動を、同18日、娘のがお世話になっている幼稚園に、幼稚園と園児、そしてその家族で取り組めないかと提案していた。
ちょうど春休みにも入ることもあり、親子で取り組むにはいいタイミングではないかとも思った。何も春休み限定でというのではなく長いスパンを見て出来ればというビジョンのもとで・・・。
子供たちにとっても、人を励ますこと、勇気づけること、人の為に頑張るということ、そういうことの意義や大切さを身をもってみんなで力を合わせて学ぶ機会にもなるのではないかとも思った。

先日私が鶴を折る手をとめて考え事をしていた時娘が急に、
「ぼ~くらはみんな生きている~・・・♪」 と歌いはじめ、「お母さんも一緒に歌ってぇ。」と・・
そして、「みんな、みんな、生きているんだ友達な~ん~だ~♪」
と歌い終えると、「お母さん、元気だして~。みんな友達だよ。。」
って私に声をかけるのです。
胸がいっぱいになり、涙があふれ出して止まりませんでした。

震災後、「大勢のお友達が困っているんだよ。みんなで「頑張って!」って言って自分たちに出来ることして助けなきゃいけないんだよ。知らない人もみ~んな友達なんだよ。」という話をした。
また、鶴を折り始める時には、「詩音ちゃんやお母さんは困ってる人たちの所へ行けないから鶴さんに代わりに行ってもらって、怪我して「いたいよ~」って言ってるお友達やおうちが無くなって困ってるお友達、お父さんやお母さんに会えなくなって悲しくなってるお友達、困ってるお友達みんなに、「がんばってね。」って言ってもらおうね。」
とも言った。
でもまだ4歳の子供。どうせわかっていないだろうと思っていたけれど、彼女は彼女なりにその小さな胸に何かを感じていることを実感した。
ならば、きっとほかのお子さんたちもそうだろう。。

しかしながら、今日、「NO」の返事が返ってきた。

ショックだったが、それは仕方がない。

しかし、主旨をお伝えし担任の先生が大変共感して下さり、授業中子供たちの前で鶴を折り、その間園児たちに被災地へみんなでお祈りしようと言って下さったらしい。すると、子供たちから「早くご飯が届きますように。」「早くみんなが元気になりますように。」などの声が聞こえてきたという。先生も非常に驚かれたとおっしゃっておられた。

そして、この2羽の折り鶴を託して下さった。「クラスみんなと私の願いを込めた鶴です。」と言って。

胸が熱くなりました。
そして、折れかけた心が救われました。

なんとしても届けなければ・・・。



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2011.03.22 / Top↑
折り鶴・・・・


先日ツイッター上で県内の女性が、今回の東北の震災に際して、何かできないかといてもたってもいられず千羽鶴を折り始めたというつぶやきを目にした。これを見て少しでも元気を出してもらえればと。

私はすぐさま賛同した。

阪神淡路大震災のとき被災した多くの友人、知人が全国から寄せられたたくさんのメッセージにとても励まされ、元気と勇気をもらったと言っていたこと。

同じくその震災からしばらくして、仮設住宅での独居老人の孤独死が相次ぎ問題になったころ観たTVのドキュメンタリー番組。立ち並ぶ仮設住宅の軒先にはそれぞれ千羽鶴がつるしてあった。
そして、一人のおばあさんが自分の部屋の軒先につるしてある千羽鶴を手にとって、「顔も知らん人らがこうして一つずつ頑張れ~!頑張れ~!いうて折ってくれはったんやなあと思うて毎日こうして見てますねん。」と言いながら目を潤ませていたこと。

そんなことがすぐに脳裏をよぎった。

今はまだ、食糧や水、寝具や衣類などの物資の調達が最優先だ!
なので我が家でももちろん、募金、節電、節油、買占め自粛、救援物資の募集があれば少しのものでも提供、と協力できるものはすべて取り組んでいる。

しかし、長期化する避難生活には心的支援は絶対不可欠!!

こんな話があります。

その震災後何年もたってから、母が勤めていた和歌山県の公立病院に入院してこられたおばあさんの話。
彼女はたまたま神戸に居られる娘さんの所を訪れていた時にあの大震災にあって被災したらしい。
(入院は震災とは関係なく病気の治療で来られていたらしい)
そんな彼女の部屋を夜中に巡回していくといつも、真っ暗やみの中ベッドの上に身を起こし、ハンドバッグを膝の上に抱え込むようにして背中を丸め、体をちぢこまらせてじいーっと座っていたという。

この話と聞いた時の痛烈な衝撃は今でも忘れられない。

なんということだろう・・・その年老いた女性はあの日から、何年もの間来る日も来る日も夜を迎えるたび恐怖におびえながら眠れぬ夜を過ごしてきたというのか!!
胸が痛く、涙がこぼれた。

この話は数えきれない被災者のたった一人の話。こういったことは間違いなく数えきれないほど起きているにちがいない。
震災が心に残した傷跡は被災していない人間の想像をはるかに超える、計り知れないものだと思い知らされた。

今回もすでに、原因不明の体調不良を訴える子供たちが多いと報じられている。
涙なくしては聞けない。胸が痛い。

だから、なにか心のサポートの一役を買えないかと切に願うのだ。
私のような一個人の主婦、大きなことは出来ないが何か励ましのお役に立ちたい。
そういうう思いから、私も千羽鶴を折り始めました。メッセージを添えて届ければと思います。
心的サポートに手が回るようになった時に備え、少しでも今から準備がしておければと、一羽でもたくさん鶴を折ります。

そしてこれなら、子供やお年寄りにもできます。
うちの4歳の娘も自分からしたいと言い出しました。
鶴さんに、みんなの所に行ってもらって詩音ちゃんのかわりに「がんばれ~!」って言ってもらうんだと言って。
まだ、手を添えてやらないと一人では折れませんが、小さな手で一生懸命頑張って折っています。

(続編に続く予定)

≪3/22に続きました≫





2011.03.19 / Top↑
祈り

あの東北地方を襲った大震災から一週間がたちました。
まだまだ多くの方々の安否がわかっていません。
家族がバラバラになって出会えていない方々も大勢いらっしゃいます。
お父さん、お母さんと離れ離れになって一人不安に避難生活を送っている子供たちもいるかもしれません。
まだ瓦礫の中で助けを待っている方もいると思います。
また、福島の原子力発電所そでも多くの作業員や自衛隊の方々が命がけで暴徒化した高炉とたたかっています。
そしてその周辺の方々も不安と戦っています。
避難所においても、まだなかなか物資の供給がスムーズに行えない状態で水や食糧にも困っています。
現地では自衛隊をはじめ外国からの救援隊、日本全国から集まった救援隊や医療チームの方々が懸命に救助活動にあたってくださっています。
日本中で募金活動や救援物資の募集も行われています。それは国内だけでなく海外でも多くの方々がそういったことに取り組んでくださっています。

離れた場所の一個人としては、募金に行ったり、節電、節油、買いだめの自粛、行なえるだけの生活物資の提供、そういったことしかできず、非常にもどかしい気持ちでいっぱいです。
一週間がたった今日、友人の結婚式に作ったウエルカムボードの残っていた材料をかき集め、祈りを込めてメッセージボードを作りました。
ここに祈りを捧げます。
そして今日からこれをリビングにおき、頑張っているみんなと心を共にして私も今自分に出来ることを精一杯頑張ります。

現地のみなさん、がんばってください。
日本中が、そして世界が共に頑張ります! そして全力で支えます!

たくさんの愛が今、日本に集結している。
私の眼には今、日本の国旗(日の丸)がこんなふうに見えるんです。。。
 


  



2011.03.18 / Top↑
日本頑張れ!!ブログ 

(普段、携帯のカメラ機能ほとんど使わないのですが、いてもたってもいられず、店員さんの目を気にしながら写してしまいました)

3日前の日本中が恐怖におののいた東北地方の大地震と津波。
富山にいる私も軽い揺れを感じ、すぐにTVをつけました。
すると東北地方で地震・・・すぐさまネット検索すると東北沖を震源として震度6強。。。
ええ~っ!これはもしかすると阪神淡路よりすごいかも? 津波は? 大丈夫?
横で夫は「ええ~!とうとう来たか。」と大慌てでお気に入り登録しているサイトで震源の位地などを確認しながら、「結構津波くるかもな。。震源が近いし大きそうやし。三陸の地形からするともし大きいのがきたら大変かもしれんなあ。」(大学の理学部の地球科学科で地球のプレートの構造なども学んでいたせいか常に気象や地震にアンテナを張り巡らせてます。お気に入りの地震研究科のサイトでは起こる確率が高い地域とされていたらしく、夫としたらとうとう来たんかという思いだったみたいです)

ええ~っ!そんなあ! ただでさえ地震の被害かなり甚大なのにもし来たらどうなるの?

そうこうしているうちに、ヘリからの空撮でライブ中継が始まった。。
どうか、神様そんな血も涙もないようなことおこさないで。。と、心の中で念じながらそのライブ中継見守りました。
瓦礫と化した街。ちらほら人も見える。車も走ってる。
港にもまだ人が、動いてる車が、海沿いの道を走る車も。。。
そんな映像を目の当たりに夫は「あかんって、あかんって、まだ海に近づいたら! 気になる気持ちわかるけど、危ないって、あんだけの揺れやから大きさの大小にかかわらずこれから一波二波って必ずくるんやから。早く逃げろよ。海沿いから早く離れろって!」
と大声を出していた。

それからちょっとしてからのことです。
あの津波の惨状を目の当たりにしたのは・・・・。
もう二人とも言葉を失いました。

その日はTVの前から離れることが出来ず、ノートPCをTVの前に持ち込んでツイッター。
その時からツイッターの動き(人の動き)が変わりました。みな少しでも被災地に有効な情報を発信しようと必死になっているのがリアルに伝わりました。日本の経済をリードしている経営者たちも、議員も、そして我々一般の一個人も少しでも役立つことがあればと動きだしたんです。そのスピードとパワーは驚異的なものです。
アナウンサーの宮根誠司さんのその夜のツイートは秒刻みのすごい勢いで情報提供、「さすが情報ライブ・・」と感動したくらいです。
私も不必要なつぶやきはせづ普段はあまりしないリツイートに今も徹しています。自分なりに受けたツイートやリツイートをじゅうぶん取捨選択した上でこれは確かで有益だと思われるものをかたっぱしからリツーイートしました。フォロワーがさらにRTして拡散してくれることを信じて・・・。

本当に日本中がみんなで支え合おうとしているエネルギーを感じました。そして、自分が出来るすべてのことに努力を惜しまず支援したいという思いを強くしました。

そんな中今日、娘を幼稚園に迎えに行った時、少し早く着いたので募金を兼ねて近くのコンビニに寄りました。
幼稚園が附属する高校のそばにあるコンビニ。
何気に覗いた文具売り場、新商品のボールペンの試し書きコーナーが設けられていたのですがそこで見たものに心を奪われました。
それがこの、その紙に書かれていた「日本、頑張れ!!」の力強い文字。その横にあったもう一つの紙には「日本が平和になりますように。」という祈りの文字。 胸が熱くなりました。なんだか涙まであふれそうになりました。
そう、日本中で頑張るときなんだ、被災地だけでなく被災を逃れた私たちこそ支えとなるべく頑張らなきゃならない! そう決意を更に強くしたのです。

だれが書いたのかはわかりません。でも私はすぐ横の高校の生徒だと思っています。
若者の「無関心」「無気力」が問題視され、私も自分たちはこんな若者たちに老後を託すことになって大丈夫なんだろうかと一抹の不安を抱いていましたが、今日その認識を改めました。
日本の未来に光を放っている若者はいるんです。
そうである以上、いま踏ん張りどころを迎えている日本、絶対に立ち上がれる!!!


日本平和にブログ


2011.03.14 / Top↑